« 自分を変える気づきの瞑想法(アルボムッレ スマナサーラ (著)) | トップページ | 小さいおうち(中島京子) »

月と蟹(道尾秀介)

子供は無邪気だからこそ、時に残酷なこともできるのでしょう。私も昔はザリガニを捕まえて、土にすり鉢状のアリ地獄のようなものを作り、そこにザリガニを入れて混ざると言うようなことをした記憶がありますが、今ならとてもできません。この物語では子供たちが扱うヤドカリの描写が生々しくって、どちらかと言うと私は苦手でした。

残酷さの裏に底抜けに明るい部分があれば、それはそれで一部救われる部分があるのかもしれませんが、不気味で揺れ動く少年の心理描写が一層辛いものにさせます。しかも、冗長とも言えるほどのスロー展開で、その分、ある意味丁寧な描写が一層の不気味さを感じることとなりました。

そんな感じを与える作品だからこそ、直木賞だったのかもしれないですが、個人的には好きじゃない作品(笑)。道尾さんの作品なら「カラスの親指」や「ラットマン」の方が好きです。

無邪気と言えば邪気がないということで、素直と言うかいいかえればストレート。残酷さも行動もストレートになるわけで、そう言う意味では、さまざまな邪気を備えて大人になっていくのか。

川の上流の石がごつごつして個性があるのに、下流に行くにつれて、丸い石ばかりになります。人間の世界も丸くなるという言葉があるように、処世術を覚えていくことで、実は知らず知らず、個性が失われていくのかもしれません。などと物語と関係のないことを思いました。

物語と関係がないといけば、タイトルにある蟹。
本文にもあるが、蟹は英語でCancer(Crabと言うけど、大きなカニやカニ座のことはCancer)と言い、これは「癌」の意味です。なぜ蟹は癌なのか?。古代ギリシアの医師、ヒポクラテスは切り取った癌の塊を切り刻みスケッチを残しており、そこには「蟹のような」と記述があるそうで、そこから来たのではと言うこと。

この物語では、子どもの心の中の暗い影が、蟹の足が伸びるような癌細胞の浸食の意味もあるのかなと深読みしました。本当は「月夜の蟹を食べるな」(その意味は本を読んでのお楽しみ)と言うことからタイトルになっていると思うけど。

★★★☆

|

« 自分を変える気づきの瞑想法(アルボムッレ スマナサーラ (著)) | トップページ | 小さいおうち(中島京子) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/51937/51072138

この記事へのトラックバック一覧です: 月と蟹(道尾秀介) :

« 自分を変える気づきの瞑想法(アルボムッレ スマナサーラ (著)) | トップページ | 小さいおうち(中島京子) »