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2011年4月の記事

天国と地獄 [DVD](黒澤明)

「何をいまさら」第2弾(笑)。この名作映画を見るのはもう何度目か忘れたけど、何度見ても緊張感あふれる構成が素晴らしい。初めてみた時には、モノクロ映画なのに一瞬カラーになる演出に度肝を抜きましたが、さすがに今はそのシーンが予想されるので驚きはないもののにくい演出には毎回のことながら感心します。

舞台は横浜。その高台にある豪邸。今から40年前は、横浜といえどもぼろ小屋のようなアパートもあり(日之出町あたりなのでしょうか?)、今の街の進化に本当に感心してしまいます。私が住んでいたのは(高台を見上げる位置でしたが(笑))今から30年ほど前から20年ほど前まで。当時はどんどん開発が進んでいたあ。

さて、この映画、40年前の時代を感じさせるシーンは、特急こだま(まだオリンピック前で新幹線もなく、だからこそ横浜でも貧しさと豊かさが共存していた)と言いたいところだけど、私が一番びっくりしたのは病院の待合室でたばこを吸っていること。驚きも驚き、映画館じゃなくて、病院の待合室ですよ。

高度成長期を前にみんな元気だったんだろうなあ。

(DVDなので評価なしだけど、見ていない人にはお勧め)

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アクロイド殺し (アガサクリスティー(著),羽田詩津子(翻訳))

「何をいまさら」という感じですね。この75年に前に書かれた古典的ミステリーの名作を、ミステリーファンならとっくに読んでいるはず。実は私もこれが初めてではなく3度目です。

最初はかなり昔、あまりに見事にだまされ、もう一度すぐに読み返したくなるような作品でした。

近年では見事にだまされて再読しないといけなくなった作品は、「葉桜の季節に君を想うということ(歌野晶午)」「ロートレック荘事件(筒井康隆)」「イニシエーション・ラブ(乾くるみ) 」あたりか。

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英国王のスピーチ(テアトル3)

Eikoku吃音に悩む英国王ジョージ6世が周囲の力を借りながら克服し、国民に愛される王になるまでを描く実話に基づく感動作。確かにいい映画でした。主人公のジョージ6世もさることながら、吃音を治すセラピスト・ライオネルの演技がよかったなあ。

幼い頃から吃音というコンプレックスを抱え、自分を否定しながら生きてきた男がいる。内気な性格から人前に出ることが最も苦手なこの男が、国王になってしまった。“王冠を賭けた恋”のために王位を捨てた兄の代わりに、望まぬ座についたジョージ6世、現在の英国女王エリザベスの父だ。

折りしも時代は、ヒトラーの率いるナチスドイツとの開戦を余儀なくされるような時代。揺れる国民は王の言葉を待ち望んでいるのだ。国民の心を一つにするには王のスピーチが必要なのだが、ジョージ6世の渾身のスピーチは始まる。。。

泣いたねえ~~(笑)。あのスピーチに涙せずには入れなかったです。さすがアカデミー賞。思いだしても涙が出そう。

日本で言えば、天皇のスピーチだろうけど、その前に首相のメッセージも大事だぞ、、ってこの災害で痛感した。

★★★★★◎

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「事務ミス」をナメるな!(中田亨)

「クリック一つで大損失」の時代、、、という副題がある。かねてより、製造現場や開発などにおけるミスをなすく活動は盛んにおこなわれてきたが、事務ミスは、何となく笑ってごまかしてきたふしがあるので、この本の注目点には興味を持って読んでみた。

確かに、コンピュータとネットワークの発達により、1つの間違いが、拡散するスピードと範囲はひと昔と比べ物にならないものになっている。最近でも、ネット販売商品が「0がひとつたりない」ことにより格安で販売された商品に注文が殺到し、大きな損害が発生するというニュースも記憶に新しい。

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明日を支配するもの(P.F. ドラッカー(著),上田惇生(翻訳))

ドラッカーの本をたくさん読んでいるわけでもないので、生意気なことは言えない立場だけど、正直、この本はつまらなかった。この本は「明日を支配するもの」として読むのではなく「21世紀のマネジメント革命」という原題のままでよかったのではないか?

明日と言っても書かれたのは1999年。経済を初めあらゆることのグローバル化、先進国・特に日本でも少子化など、経済活動上の重要なターニングポイントについては書かれているが、すでにこの本が書かれて以降、我々は、2001年9・11の同時多発テロもテレビで見てしまったし、2008年9月のリーマンショックも経験してしまったし、2011年3・11の未曾有の大震災も経験してしまいました。

明日とは、どの明日か、私はこの震災で人の心にある価値観が少しずつ変化していくのではないか、その時の明日は1999年ではなく明らかに21世紀のど真ん中の明日であろう。

その証拠に「第2章 経営戦略の前提が変わる」の中で
・行ってはならないこと
 1.誘惑に負けて経営上の判断をおろそかにしてはいけない
 2.自らの事業の定義と経営戦略に合致しない事業に進出してはいけない
・行うべきこと
 1.事業の発展は投資や買収以外の方法で、経済的枠組みの中で実現される
 2.為替変動の対応

どうだろう。これが「経営戦略の前提が変わったこと」で決まった新しいことだろうか?否。これは普遍的なことで、何も21世紀の世界で前提が変わったから行ってはいけないとか、行っていいとか言うものではない、少なくとも地場で一生懸命頑張っている地方の中小企業にとっては。

しかし、心に響く言葉もあります。「変化はコントロールできない。できることは、その先頭に立つことだけである」これも普遍的言葉で何も21世紀に限ったことではないとは思うが、より実感するようになったのは、21世紀に入ってからだろう。

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春日局(杉本苑子)

大奥と言えば、必ず女の闘いと相場が決まっていますが、この話は、2代将軍徳川秀忠の長男・竹千代の乳母である春日局は次期将軍の座をめぐり、次男の国松を溺愛するお江と激しく対立する話です。お江と言えば、今の大河ドラマ。どうみても舌足らずの「のだめ」にしか思えない「お江」が、この話ように晩年は春日局と争うのだろうか、、、このあたり今の大河ドラマの終盤に期待したいところ。

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ふぉん・しいほるとの娘(吉村昭)

シーボルトと言えば、日本に西洋医学を広めたことと、シーボルト事件という歴史の授業習った程度しか知らなかったのだけど、この壮大な歴史ドラマにただただ感動するばかりでした。しかし1400ページの大作に読むのはかなり難儀(笑)。大河ドラマにでもしてほしいくらいだけど。

シーボルトが日本に来たのは1823年、文政六年。長崎で裕福なこんにゃく屋を営んでいた家の娘・お滝は、雇いの者が店の金に手を付け商売が立ちいかなくなったために、遊女として売られてしまいます。もともと美しかったお滝は、出島でシーボルトの遊女となり、2人の間にお稲が生まれますが、シーボルトは日本地図を国外に持ち出そうとする罪で国外永久追放になってしまいます。

残されたお滝とその子お稲は、縁あって時治郎に嫁入りするのが、1831年、天保2年(つまり米屋を営んでいた米五が味噌を手掛けるようになった年でもあります)。

お稲は聡明で寺子屋でも中心的存在になっていましたが、女子にもかかわらず学問をしたいとお滝を困らせます。そのうち、お滝と時治郎の間に男の子が生まれることで、お稲は家を出てシーボルトの弟子であった二宮敬作のところに学問を習いに行くことになります。天保11年、坂本龍馬が5歳のころです。

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プラハを歩く(田中充子)

この本も10日ほど前に読み終えていましたが、感想は書く気力が出るまで保留だったので今日になりました。正直、私にとっては素晴らしい本でした!

著者は、京都女子大学を卒業後、福井工業大学の講師、大阪大学の講師を経て、現在、京都精華大学の教授。福井でも教えていたという時期があったのなら、ぜひプラハの話を聞きたかったくらいです。

長年、念願だったプラハの街を暮らすように旅したい、、とプラハのみ三泊か四泊の旅行を6月に計画しており、そのために買った本です(ガイドブックじゃないのは知った上で買っていました)。しかし、残念ながら今年の旅行は諸事情で断念。1年延期となりました。

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風の地図―島尾伸三のアジア漫歩(島尾伸三)

写真家の筆者が若かりし頃?アジアを回った旅行記的エッセーです。

実はこの本は東京の物産展でお客様から頂いた本なんです。「シャア」と言うことで、お客様自身も別の方からシャアされた本と言うことで頂きました。

作者は奄美大島に住んでいました。したがって、「奄美大島の名瀬にコンパスの中心を立て同心円を描くと、東京とマニラが等距離になる。」って発想が出来るのですね。そのことからアジア巡りをしたのでしょう。

1970年当時のアジアの各都市は、たぶん今では想像できないほどのものだったでしょう。でも、熱い生命力にあふれている感じが伝わるのです。

★★★★

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図解太平洋戦争海戦史(ゼロプラス)

なんとんなく時間つぶしが出来そうな本だったので。こちらも読んだのは3月下旬でした。

41の海戦をそれぞれコンパクトに時系列に説明があり、意外に興味深く読めた。

勝ち負けというのは紙一重なんだろうなあ。でも、「たら」「れば」で見たとしても、アメリカには勝てなかっただろうなあ。

★★★☆

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大河の一滴(五木寛之)

読んだのは、3月中旬。読んだタイミングがタイミングだっただけに(個人的にに、社会的にも(社会的にもというのはちょうど東北大震災だった))、意味深い内容として受け取った。

我々は大河を流れるちっぽけな水滴のようなものであるということである

プラス思考ではない、でも、マイナス思考というのも当てはまらない、説明が私はできないけど、やっぱり人生は辛いものだし、人生とは哀しいものだってことを意識しておこうと言うことかな。

印象的な言葉は、「人間はみな、泣きながら生まれてくる」
そう言われればそうだな。
人生という修羅場に泣くほど恐れて生まれてきたのに、すっかり忘れていたかもしれない。

★★★★

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